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フリーライターの吐きだめ

目玉焼きとコーヒー牛乳

祖母が亡くなったと連絡が来たのは、祖父が亡くなってからひと月が経った頃だった。祖母はもう随分と前から苦しそうにしていた。お医者さんによると祖母は肺のひとつがもう機能していないらしかった。それでも耳だけは良くて、言葉を発するより前に耳を傾け、目や表情で言葉を返してくれた。入退院を繰り返す祖母の背中はどんどんと痩せ細っていって、最後に抱きしめた身体はものすごく小さかったのを思い出す。

幼い頃、祖母の家で泊まった日の朝はなぜかいつも早くに目が覚めてしまって、それでもそんな私よりも早くに起きている祖母の存在に、守られているような気がしてなんだか心強かった。出来立てのつやつやな目玉焼きとトースト、それから甘いコーヒー牛乳が祖母の家で食べる朝食の定番。妹とよく名前を間違ってはごめんねと笑いながら謝る祖母のことが大好きだった。

祖母がつくる豪華なおせち料理も、不安がる私の手を握ってくれる温かな掌も、感謝してもしきれないほどのありがとうを福岡に戻る新幹線の中で思い出す。生前最後に会えたなら、たくさんの感謝を伝えたかった。たくさんの幸せをありがとう。あちらではどうか、安らかに。

暗転

ここ最近は雨が続いている。濡れると冷たくて、爪先が悴むような冬が近づいている雨だ。外出も多くて、人の悪意に傷付けられることも多い。念入りに巻いた髪がぐしゃぐしゃになったり、出先で買った傘を何度も忘れたり、ささやかで憎たらしい仕打ちに心は摩耗していく。街中でもいい、好きな男の腕の中でもいいから思う存分に喚いて泣き散らかせたらどんなにスッキリするだろう。今の私は泣く気力すらなくて、精々それっぽい楽曲を聴きながら夜道を散歩する自分に酔うくらいしかできない。

移動中もやたらと掛かってくる着信にうんざりして一時停止させられた動画を再生する。乗車時にかざしたICはきちんと反応したのか分からないし、雨の中コンビニで買ったあんパンはどうして買ったのかも分からない。突然の晴れ間にさえ腹が立つ。こんなことばかり吐き出していると自分がいかに余裕が無くて荒んだ状態の女なのかが嫌というほど分かる。

私は大切にされるべき人間だという自己肯定感は健全に生きていく上で必ず必要なものだと思う。それは自我が芽生えて自分で蓄えるものだったり、それ以前に周りから無償で与えられたものだったりする。半々くらいで成り立っている私の場合、落ち込んでもそれほど引き摺りはしない。けど、切っても切り離せない自分のこととなると別かもしれないと日常に見え隠れする自己嫌悪で気付かされる。

「そういう人も結構いるよ」「そういうのもありなんじゃない?」「今時わりとスタンダードかもよ」「あなたが幸せならいいと思う」全部ぜんぶ他人だから言えることなんだと思う。その距離感をこえると途端に私は不誠実で頭のおかしい人扱いされる。やっぱり無理だと縮まった距離をすぐに他人以上に突き放される。「それでもいい」と話した人はパートナーになった途端に「やっぱり嫌だ」と告白した。「ああ、やっぱりそうだよね」と笑って返事をしたような気がするけど、あの瞬間わたしは好きな人の前で本当に自分らしくいることを諦めたように思う。「それってただの我儘じゃん」なんて言われたら何も言い返せないと思うし、「そんなの気持ち悪い」って言われてもそうだよねって笑うしかないと思う。「そういう人もいるよね」って言葉には、でも自分のパートナーにしないけどねって言葉がこびり付いていて、「そういうのもいいと思うよ」って言葉には他人の距離感が必須条件だったりする。

本当の自分を理解して貰いたいと思うことは我儘で不誠実で気持ちの悪いことなんでしょうか。信じてほしいことも信じて貰えないなら始めから嘘をついてたっていいじゃないか、それくらい許されたいじゃないか。だって、そうでもしなきゃ誰が私を認めてくれるんだよ。

黄桃

沈みがちな日々が続いている。これといって明確な理由がある訳ではないけれど、細やかな綻びがチリとなって積もった結果だと思う。きっと誰のせいでもない、強いて言うならば全ては私が招いた結果だ。日中はまだ陽射しが強いけれど涼やかな風が袖口から背中をなぞって気持ちが良い。ジム終わり、舞鶴公園の堀を歩きながら少し見ない間に私の背丈よりも高くなった蓮の葉を眺める。イヤフォンを外すと秋の虫の音が聞こえる。どこまででも歩いていけそうな夜。
翌日、寝付きの浅い夜を越えて朝からジムへ。何のモチベーションもないし、正直はやく帰りたくて軽く有酸素だけして帰宅。そういう日だってあっていい、息してるだけでも偉い。打ち合わせのためにシャワーを浴びて、メイクをしてすぐにまた外出。ミーティングを終えて、自宅でも引き続きライティングを続ける。身が入らない、酒が飲みたい、男に会いたい。理性で煩悩を押さえ込んで気合いで仕事を終えた。「今日の夜とかなんか予定あったりする?」連絡をするとすぐに返信があった。それには返信せず、もう一度シャワーを浴びた。

昨日購入した黄桃を紙袋に入れて彼の家へ向かう。以前スーツ姿が見たいと呟いた私の言葉を覚えていたのか、着替えずにスーツで迎えに来てくれた彼の優しさに荒んでいた心が柔らかくなるのを感じる。分かりやすい、受け取りやすい、軽やかな優しさ。ポジティブで分かりやすくて女好きで完全なるシティボーイの彼、他人の子供なんて嫌いだと話す私に俺もだよとキスするような男の子。ビールで乾杯、つまみながらひとしきり飲んで、桃を剥くために台所へ立つ彼の後ろ姿を眺める。ここ最近は焼酎ばかり飲むようになってどんどんお酒に強くなって、酔いたいのに上手く酔えないのがもどかしかった。「なんか今日全然だめかも」って呟くと「まじ?無敵じゃん」と軽く笑い飛ばす馬鹿みたいな相槌が心地いい。思わずつられて顔が綻ぶ。
結局この日、彼は突然押しかけた私に何も聞かなかった。どうかしたの?とか、話聞くよとか、言いたくなったら言ってねとも言わなかった。ただ、どんな学生時代を過ごしてたのかとか、夏祭りでは何を食べるかとか、そんな他愛もないような話をたくさんした。当たり前のように週末何をしようかと話す彼に最後の海へ行くのは?と聞くと「いいじゃん行こう」と即答。言わない、聞かない優しさを知っている人だと思った。
人は見かけじゃ分からない、だけど人を見た目で判断することは多い。内面は外見に現れるという説もあるし、よく分からないけどふと思う。私って周りからどんな風に思われてるんだろう。普通になりたいと願う大勢の人たちと同じような普通の人間なんだろうか。私が今本当に手にしてるものなんて。

BPM83

窓から差し込む陽の光で目が覚める。重い瞼を薄っすらあけて頭の上のデジタル時計をみると時刻は九時をさしていた。ようやく見慣れた白いブラインドは遮光性が皆無で「眩しくないの?」ときいた私に「俺そういうの全く気にならないんだよね」と軽やかに笑った昨晩の彼の言葉を思い出す。腕枕をする彼の手のひらに手のひらを重ねるとそっと握られて壁際にあった彼の左腕が腰へ伸びてきた。100か0でしか関わられないという彼の熱烈なアプローチを受けて今わたしは彼の隣にいる訳だけれど、未だにどうしてそこまで好きになって貰えたのか不思議で仕方がない。彼の方へとぐるりと向きを変えるとぎゅっと抱きしめられてまた眠ってしまった。私よりも少しだけ高い体温が心地いい。

次に目が覚めた時には時刻は十一時をさしていて、さすがに起きるかとトイレへ立った。脱ぎ散らばった服の中から彼のシャツを手に取って取り急ぎ身に付ける。昨晩もいつものように遅くまでお酒を飲んで、ソファで映画を観て、それからシャワーを浴びる間も無く抱き合ってそのまま裸で眠ってしまった。手を洗って鏡で落ちたマスカラの繊維を拭う。よれきってしまったメイクはわりと調子が良いから案外悲惨なことにはならない。ベッドへ戻ると瞬く間に手が伸びてきて気付けば汗だくになっていた。

「じゃあまたね」そう言って部屋を出て帰るのは自宅、途中セブンでアイスラテを買って歩く。随分と風が涼しくなった。八月ももう終わる、今年は夏が短かったように感じる。自宅へ戻ってシャワーへ直行、全部を洗い流してちょっといいボディオイルを惜しみなく身体に塗りたくる。イランイランの甘い香りが鼻に抜ける。冷たい水を飲みながらデートに備えてまたメイクを開始。昨晩あんなに飲んだのに浮腫はゼロで割と最高のコンディションだった。丁寧にメイクをして、丁寧に髪を巻いて、でも服装はラフに。いつ見ても可愛いと思われたい。日中も随分と涼しくなった。少し歩いてスタバで待ち合わせ、本当のことなんて分からないけど別にいい。なんだかんだでもう一年が経った。別れ際、ひぐらしの鳴き声が聞こえた。「この後どうするの?」そう聞かれて「分かんない、何もない」と答えながら泣きそうになった。本当に私には何もない。

タイミングよく飲みに誘われて夜は再び天神へ。なかなか酔えなくて気分が悪かった。自宅に向かいながらあのとき我慢した涙がまた迫り上がってくるのを感じていつもより少しゆっくり歩いて帰った。

 

アイスティー

13日の金曜日、以前から観たいと話していた映画へ行くことに。前日まで沖縄に滞在していたからかベッドから起きて直ぐ身体が怠かった。詰め込んだ3日間だったから疲れが溜まってたんだろう。映画を観に行こうと決めたのは福岡に帰ってきた12日の木曜、23時くらいだったかわりとしっかり深夜帯に私から誘った。純粋に会いたいからというよりも何故か不機嫌な彼のご機嫌を取るための連絡だったと思う。いつ行こうかと話す彼とは中々タイミングが合わず、彼はその日が初めてだったけれど、正直なところ私はそれより前に一度、違う彼とその映画を観に行った。映画自体かなり好きだったしもう一度観たいと思ったのは嘘じゃなかったから、13日の彼がレイトショーなら行けると言ったときも返信するより前にレイトショーの上映時間を調べた。日中お墓参りに行くからと話す彼にこんなに大雨なのに?と聞くのをやめて一旦ロック画面に戻す。彼に合わせた時間、彼に合わせた場所を聞きながら一向に受け身な姿勢から変わらない彼の態度。座席とか時間とか全部わたし任せなんだけど、なんなんだこいつ。話始めの「いや」と語尾の「だけど」の使い方が完全に人に嫌われるやつだよと思いながらも、もっと嫌われればいいと思ったから教えてあげない。急に腹立たしくなってきて席は取ってもらうことに。長々と続くやり取りが煩わしくて返信をしながら溜息が出る。疲れていたし早く眠りたかった。当日、ポップコーンの一番大きなサイズを頼んだ彼は物語の中盤から号泣していた。案の定、わたしは中盤から隣の彼の鼻水をすする不快な音しか耳に入って来ず。一度目じゃなくて良かった。エンドロールが終わって出口へ向かいながら鼻水の音がすごかったよと冗談めかしで笑うと、そんなに?大袈裟だよと至って真面目に話す彼のことを気持ち悪い考えだなと思った。加害者と被害者の認識の違いってこれなんだろうな。エレベーターに乗って地下で降りて映画よかったねと話すと鼻先で笑われた。意外と気にしてたんだろうか、高いプライドがダサすぎる。鼻水すするぐらいに泣いたなら、私だったら、うるさくてしちゃってごめんね。めちゃくちゃ良くてさ、特にこんなところがさ!ってその熱のままを話すし、そのテンションで話されるならまあいっかで済むのに。とことんバイブスが合わないのがつらい。帰宅前にコンビニで夜ご飯を調達、いつもだったらいっしょにお会計するのに今日に限って先にお会計してさらに外で待ってる姿が見える。ええ、何それ?どうなってんの?めちゃくちゃめんどくさいじゃん。ご飯を食べてお風呂に入るまで、旅行のことも頑なに聞いてこないし、旅行先から連絡した時の態度を考えると不機嫌になられる未来も見えるし、人のご飯を物欲しそうな目でじっと見てくるのも嫌だ。食べ終わるとすぐに彼はクッションで居眠りをしていて、本日の私は終了。お風呂入りなと急かしながら心身共に自立していない彼のことを哀れだと思った。そんな13日の金曜は彼に背を向けて眠った。何か言いたそうに寝返りを打つ彼の気配を感じながら「言えたことだけが気持ちなんですよ」という台詞を反芻する。

与える

「言えたことだけが気持ちなんですよ」あるドラマのワンシーンでの台詞。頭殴られたときみたいな衝撃があったというか、頭殴られたことないけど。目から鱗みたいにハッとさせられたというか、目から鱗とれたことないけど。巻き戻したりなんかは別にせず、それでも反芻するその台詞をスルメイカみたいに何度も何度も味わう。どれだけ思っていても言葉にして、ちゃんと伝えたい人に伝えられないとそれは気持ちじゃない。やけに落ち込みがちな今日、理由はなんとなく分かってる。たくさんストーリーを上げた旅行先の夜だってひとりベッドに寝転がりながら声を出さずに泣いた。端的にいうと私はきっとずっと寂しい。家事もできる、料理もできる、金銭的にも自立してる、わたしのことを好いてくれる人もいる、世間的にはひとりで生きていけるこの状況を幸せだと思いながらもどうしたって寂しい。リビングで「寂しい」と声に出してみてまた泣いた。もしもこのまま誰のことも本当の意味で愛せない人生だとしたらこんなに虚しいことはない。誘われる、追いかけられる、愛される、受け身で居られるためのハウツーが溢れる世の中だけど、正直なところ26年生きていたらその類の処世術は大体身に付く。だけど、そういうことじゃない。全然違う。冷房の温度を少し低くしてお風呂上がりに快適に過ごせるようにしてあげようとか、醤油と塩とどっちも付けられるように薬味皿を多めに出したりとか、自宅に着いたけど話のキリが良くなるところまで散歩してみようとか、これすらも愛なのかは分からないけど。ただひたすらに相手の幸せや無事を祈ったりとか。そういう私がまだ知らないことをみんなきちんとやっていてすごいなと思う。どうしたらちゃんと愛せるんだろうな、どうやって生きていけばいいんだろう。どうしよう、わたしずっと寂しい。

牛丼並盛りつゆだくで

彼と初めて会ったのは春先のまだ風が冷たい頃だった。東京スカイツリーの側に流れる川辺の桜が満開を迎えていて、道ゆく人々が次々と立ち止まりシャッターを切っていく。暖かな陽気が続いていたのに彼と会うその日だけは底冷えするような気温で、カーハートの薄手のアウターだけでは心許なかった。待ち合わせは浅草寺、緊急事態宣言下ではあったけれどそれなりの人出はある。待ち合わせての第一印象は思っていたよりも身長が低いなというのと物腰が柔らかな人だなという感じ、想像より声も少し低かった。近くの焼き鳥屋に入って椅子に腰を掛けた彼の背中を見てマルジェラのマークを見つける。「わたしもすき」と言いながらちょうど持ってきてたバッグを見せると、明らかに緊張して強張った顔が少し綻んだ。目尻に皺がよって良く通る声で笑う、品の良い人だなと思った。生ビールを注文してひとしきり話をすると「本当に誰とでも仲良くなれそうだね」と褒め言葉のような線引きをされたのを今でもよく覚えてる。空いたグラスが増え始めてこれからどうしようかの視線、肌寒い夜の空気が熱を持つ頬を撫でるのが気持ちいい。上野を軽く散歩して気付けば彼の家で彼お手製のカクテルを飲んでいた。爽やかな甘さが美味しくて、ぐっと腕を掴まれた時にそこはちゃんと雄なんだなと思った。何度も汗だくになって気付いたら朝になってて、それでもまた懲りずに汗をかいてシャワーを浴びた後に暖かい紅茶を飲んで彼の家を出た。「送るよ」と上着に手を伸ばした彼に「ちょっとひとりで歩きたいから」と言うと「次は朝もいっしょに散歩しよう」と抱き締められる。澄んだ朝の空気、沈んだ春の匂いを胸いっぱい吸い込みながらゆっくりと歩いて帰る。男の人に茶葉から紅茶を淹れてもらったのはその夜が初めてだった。二度目は初めて会った時からもう一年以上経った七月、陽が落ちても空気の蒸した夏の上野。もう随分と会えてなかったから少し緊張していた。あれから何度も連絡は取り合っていて、会いたいと話されることもあったけれどことごとくタイミングが合わなかった。待ち合わせ時刻ぴったりに到着した頃、少し遅れると連絡が入って空調の効いた薬局に避難。不忍口の駅前はいかにも待ち合わせ場所で、彼を待つ間に執拗なナンパの相手をするのに心が摩耗する。困り果てた頃を見計らったかのように彼が現れて、あの夜みたいにぐっと腕を掴まれた。何度もごめんねと本当に申し訳なさそうに言う彼は目の前の女の子と全力で向き合うのがとても上手で、分かっていても悪い気はしない。ああ、これ、いろんな女の子が好きになっちゃうんだろうなあとか俯瞰で見れるくらいの距離感がちょうどいい。久しぶりにお邪魔した彼の部屋は以前と何も変わっていないように見えた。冷えたジントニックを飲みながら駅前の成城石井で買ったちょっといいおつまみを食べる。「これ大したものじゃないんだけど」そう言いながら誕生日が一日違いの彼にプレゼントを渡すと持ってた箸を放り投げる勢いで喜んでくれた。あげるつもりなんて元々は無かったけれど当日になってふと思い付きで買ってみた。宮下パークでこれだと思ったお香、自分用にもちゃっかり買ったムスクが香るウッディなお香。火を付ける度に思い出せばいいのになんて、ほんの少しだけ下心を添えた作戦はどうやら成功みたい。飽きないのが不思議なくらいにまた何度も汗だくになって、そうしてまた朝が来て、焚いたお香の甘い香りに蕩けたままの頭が侵蝕されていく。シャワーを浴びた側からまた汗だくになって、気付けば太陽は私たちの真上まで昇っていた。すっからかんになったお腹、駅まで送ってくれる彼の横を歩いて居ると「これ、いつでもおいで」と合鍵を渡された。「ホテルとかじゃなくていつでも家に泊まればいいじゃん」そう話す彼は決してふざけて物を言ってるわけではない。中性的で決して否定しない、でも自分の意見をきちんと持っていて、音楽を生み出す才能を持つ人。据え膳はちゃっかり全部食べて、ホスピタリティに溢れていて、二つ年上の彼。「じゃあ今度はお言葉に甘えちゃおうかな」と冗談めかしで笑うと連られたように彼もまた笑って「本当に、何も遠慮しないで」と続けた。帰り道、ひとりで電車に揺られながら貰った合鍵を優しく握ってみる。終点は渋谷、空っぽになったお腹が激しく鳴って吸い込まれるように松屋に入った。牛丼並盛りつゆだくで、消え去ったアイラインなんてどうでも良くなるくらいに朝帰りの牛丼は美味かった。