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フリーライターの吐きだめ

リパーク

様々な国と、様々な人種、数多くの文化や伝統は消えたり生まれたりして今に続いている。雪の色を100通りの言葉で表すことのできる、あの民族は春を感じることが出来ても、地面に落ちる前に手に入れた桜の花びらが幸運だとされることなど知らない。

秋はすっかり大人しくなって、今の時期は冬への準備期間というところだろうか。朝晩は随分と冷えるようになった。

「寒いなら暖房つけようか」と毎朝のように聞かれはするが、「乾燥するからいい」と頑なに断り続けている。乳液でいくら蓋をしたところで、乙女の肌は30分もあれば簡単にカサカサになってしまう。風呂上りのあの手間暇が一瞬でパァになる。

そんなことばかり言っているからか、最近は着る毛布なるものが自宅へ届いた。長さはくるぶしまであって、着るとすぐに身体が暖まるからいい。セックスの後、バスローブ感覚で裸に着ていると「風邪ひくよ」と怒られるけど、うさぎにくっつかれてるみたいで気持ちいいんだから仕方がない。

このところの虚無感は何をしても私から居なくならなくて、気付かないふりをしてきたけれどそろそろ限界まできた。毎朝の満員電車や、歩道の狭さ、責任だけ押し付けられる舵の取れない職場と毎月不安になるような口座の残高。

こころを手放したくなる人の気持ちが分かってしまいたくはなかった。

階段を上がって浴室へ入り込む「海行こう、日の出みたい」、仕事から帰ってきてシャワーを浴びている彼は「ええ」と驚きながら私のほうを見る。急だねと笑いながらも「いいよ、何時間かかるかな」と何事もなかったかのように話し続けた。

普通はどうだとか、決して言わないこの人はいつも私が自由で居られる場所を作ってくれる。冬に花火がしたいと言った日にはどれにしようかとミニストップでいくつもの花火から選んだし、真夜中の12時前にピザが食べたいと話せば食べちゃうかと言ってLサイズのマルゲリータを食べながらホラー映画を観た。

アラームは朝の4時にセット、すぐに寝息が聞こえてきて私もあとを追うように眠りについた。

夢をみた、眠りについてからすぐだったように感じる。懐かしいあの人は、以前会っていた頃よりも楽しそうに笑うようになって、私の手をひきながら少し前を歩くその人からはLUXの甘い香りがした。目を開けてもしばらくは醒めない夢にいるような気がして、iPhoneをつけると時刻は3時半。アラーム前に起きてしまった。隣の彼もなぜか起きていて、4時に出れるように支度をする。

プレゼントで貰ったノースフェイスのマウンパはゴアテックスの完全防風で、生地は厚くないのに体温が逃げないから暖かく着れる。海岸までは30分ちょっとで意外と近い。

「きみの鳥は歌える」のサントラを流しながら、まだ暗い道を進んでいく。まだ眠っている街には大型トラックがすでにたくさん走っていて、大きく揺れる車内で雪の色を100通りの言葉で表すあの民族のことをまた思い出した。

土曜の朝を迎えるからか海岸近くの駐車場はまるで戦場で、近場はほとんど満車状態だった。それでもぐるっと周り込んでいくと空車のパーキングを見つけることが出来た。海岸まで15分もかからない、大きな公園を通るとランニングコースがあって、その先が海だ。

途中セブンイレブンに寄って、おにぎりと温かい紅茶とお茶を買った。新作の明太ツナをひと口貰ったけど、あんまり美味しくなかった。

砂浜は夜明け前の薄暗さでも分かるほど、手入れが行き届いてるようでゴミひとつ落ちてやしない。白い砂浜に腰を下ろして、買ったばかりのおにぎりを食べる。ちょうど小腹が減っていたし、トンビや鷹もいない砂浜は久しぶりでテンションが上がった。

水平線に揺れる漁船のひかりと、白み始めた空にのぼる工場の煙。凪の海は穏やかで、太く鳴る汽笛の音にコクリコ坂を思い出す。挨拶をしてるのかもしれない。

すだれのように朝日にかかる雲のおかげで、私はまっすぐに日を見ることができた。燃えるような冬の陽だ。

わたしたち以外には2人の釣り人と、たまに通る犬を散歩している人くらいで、砂浜には波の音しか聞こえない。

フードまですっぽり被って、大の字に寝転がると冷たい温度が身体に伝わる。「起きなさい」と立ったままの人がうるさくて、邪魔だよと言うと大人しく隣に座ってくれた。フルスクリーンで空をみてると、重力の感覚がなくなったみたいだ。身体の純粋な重さだけが残ってるように感じる。あの瞬間はだれも邪魔しちゃいけない。

来た道を戻るだけなのに、空の色が違うだけでまるで違う道みたいに感じるから不思議だ。車に乗り込んでからは10分ほど眠ってしまった。

鍵を閉めて緑のコンバースを脱ぐとまだ少し砂が出てきて、なんだかちょっと泣きそうになった。

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