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フリーライターの吐きだめ

汗ばんだ肌からは陽の匂いがする

二度寝から目覚めた日曜日はもう昼過ぎで、汗だくのまま眠りについた身体はベタついていた。絡み付いた腕から出て散らばったトレーナーを頭から被っていると「いま何時?」と後ろから声がする。「もう昼前だよ」特に振り向かずシャワーへ行こうとする私に「どこいくの?」と彼。「シャワーだよ」と振り返るのと同時に二の腕を掴まれてベッドに逆戻りだ。「ちょっともう」と彼を嗜めながら、小さな文句を言いながらも彼の大きな身体の上に乗っかっていると、自分が華奢できちんと女であることを自覚できる。「腹へった」と乱暴に言葉を浮かせるくせに私の頭を撫でる手や背中をなぞる手はそれから想像出来ないくらいに優しい。

「シャワー浴びてどっか出掛けよ」そう話す私に「よっしゃ行くかあ」と大きな伸びをしながら彼、最近はあまり出掛けられていなかった。久しぶりのお出かけだ。比較的に準備は早い方だと思うけれど、急かされながらする化粧ほどイライラするものはない。けれど上へ上へと伸びる睫毛を見つめながら素直に感動している男を横目にするのは、そこまで悪いもんじゃないかもしれない。

以前、酔っ払った私が彼に話した彼の好きなところのひとつに歩き方というのがあって、大きな歩幅で象みたいにゆっくり進む歩き方がすきだと告白していたらしい。シラフの今でも確かに頷けるほど好きなところだし、それを聞いた本人もなぜかそれをとても気に入ってるらしいから結果オーライだ。スッと手を握られて心地良い彼のペース。私のすきな彼の歩き方。頑固な私が他人のペースに心地良く乗り込むなんて本当に珍しいと思う。これまでなら相手をこちらに引き込んできたのに。彼に対してはそんな気持ちすら湧かず、むしろ彼のペースに乗るのがわりと楽しかったりするから人生分からないものだ。

いくつか店を回ってると思っていたよりも天気が良くて腰が汗ばんだ。二人ともお腹が空いていたし、そのまま少し歩いて気になっていた蕎麦屋へ入った。彼はランチのお得な定食セットを、私はなめこおろし蕎麦を注文した。店内は思っていたよりも混んでいたけれど運良くすぐに中へ入れて良かった。「それ似合ってる、良い感じじゃん」そう言って目線で指すのはおろしたてのピンク色のトレーナー。今まであまり着てこなかったピンク色をなぜか今年はものすごく着たくなって、この前宮城に行った時に衝動買いしてしまった。「ほんと?ちょっと派手だよね」同じように目を落とす。「たしかに目立つね、でもいいよ」頷きながら可愛いと続けられて素直にうれしい。

意外とすぐに出てきた蕎麦をズルズルとすすって、近くのカフェでコーヒーを買いながらこれからどうするかと話す。天気だけは無駄に良くて「海、行きたいな」と話すと「ああ、いいね。行っちゃうか海」そう返した彼はiPhoneですぐに近くのレンタカー屋を探していた。福岡から綺麗な海といえば糸島で、中心地から大体一時間半ほどで到着する。レンタカー屋の少し面倒な手続きが終わる間、自販機で買ったオレンジジュースを二人で飲む。オレンジジュースはよく冷えていて美味しかった。

運転席の彼を見るのはもう何度目になるだろう。思い返せば私たちは付き合う前からよく出掛けていた。彼の運転はかなり上手でお世辞抜きにどんな山道でも酔ったことがない。鏡越しに私の顔を見て話す彼の姿が結構セクシーで、眠るのが勿体ないなと思いながらもつい眠ってしまう。「寝るなよー」と言いながらも私が眠りにつくといつもより少しスピードを落として起こさないように運転してくれてることを付き合い初めの頃に知った。そういう朗らかな好きがこの人には溢れている。

久しぶりの糸島は冬の荒っぽい海から柔らかな春の海へと変化していた。名物の塩プリンを買いに長蛇の列に並ぶ。並ぶのも待たされるのもディズニー以外は許せない私たちだけど、なんだかんだお喋りしてるとすぐに最前になった。変わり種のチョコとキャラメルはすでに売り切れでスタンダードなカスタードだけ二つ買って車まで戻る。潮の香りが漂う春風、肩に腕を回されてぐっと距離が近くなる。いつも付けてる香水を彼はもう私の匂いと認識していて「まほの匂いと海が混じってる」と嬉しそうに話した。

路肩に車を停めて濃厚なプリンを食べた後は市内へ帰ることに。当たり前のように同じ場所へ帰れることが未だに不思議に感じる。「行けてよかった、ありがとね」そう言って彼の方を見ると「おう、いい彼氏だからな」と得意げに笑っていた。混み始めた道は夕焼けが綺麗だ。でももう随分と陽が伸びた。「夏になったら壱岐島行こうな」まほ絶対に好きだと思うよと楽しそうに続ける彼の横顔みて、あの時勇気を出して良かったと心の底から実感する。二度目の夏は意外ともうすぐそこなのかもしれない。