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フリーライターの吐きだめ

花束

夫の愚痴を別の男に話しながら私は何をしてるんだろうと自分で自分が情けなくなる。最近よく福岡の家へ帰ってくる夫とは挙式まで二ヶ月を切った。挙式は今流行りの家族婚とかいう身内だけのこじんまりしたもので、当初は「まあ簡単に」とか言って想像してたのにその想像はあっさり裏切られた。ドレスを着るのにも思いの外、体力と気力を消費する。一月末の吉日、慶次用切手を購入するために福岡中央郵便局まで出掛けた。こういう昔ながらの風習みたいなものを煩わしいと思いながらも、習わしに厳しい祖父母のことが頭に浮かんでなんだかんだ良い子で居てしまう。良い子、良い孫がこんなにも悪いお嫁さんにどうしてなっちゃったかな。夫は世間的にも友人が言うにも配偶者の私からしても、文句無しに良い人で良い男で良い夫だ。おそらくまだ先のある人生を共に歩むならこの人だと遺伝子レベルに感じる。これを愛と呼ぶなら私は夫を愛してる。だけど、きっと好きじゃない。私の好きな脚本家のひとり、坂本裕二の「カルテット 」で同じ台詞を聞いた。そして「夫婦って別れられる家族だと思います。」たしかこんなことを夫に失踪された妻が言っていたっけ。うん、分かる。分かるけどやっぱり家族だから、家族になると決めた人だから、私は別れを選びたくない。

日中、星乃珈琲で作業をした後、久しぶりに天神行きつけの肉料理屋へ向かった。二人で外で飲むのは久しぶりだったから楽しく飲むつもりだったのに、というか日中はパンケーキを半分個ずつしたりしたのに、私がひとりの時間が欲しいと話した途端に楽しい時間は終わった。努めて明るくカジュアルに提案したつもりだったけど、そういう問題じゃないらしい。いつもと同じ、夫が全面に出す悲しみに私の気持ちはぺしゃんこに潰されて端の方にゴミみたいに転がる。夫が泣いて、私が謝る。「好きだよ、大好きだよ、泣かないで」そう言いながらゴミみたいに転がった大切な私の気持ちを見て見ぬふりをする。本当にゴミみたいに汚いものを見るみたいに、もう触れないないように重い蓋を。帰宅後もまだ涙を滲ませる夫の額を何度も撫でながら、自分のこころが少しずつ死んでいくのが分かった。「散歩してくるね」そう言って家を出て、近くのコンビニに駐車して待つ彼の車に乗り込む。何も言わずに頭を引き寄せられて「ああまだ大丈夫」と力が抜ける。問題の解決にはならないコスパの悪い応急処置にいつまで縋り続けるんだろう。でも今はその手当がないときっと息が出来なくなっちゃう。適当に車を走らせる彼は久しぶりだから緊張するとあまり目を合わせてくれない。赤信号「髪染めた?」「染めてないよ、なんで」「なんかサラサラしてる」そう言って髪を掬う手の大きさに他の男の人を思い出す。そうしてこの男も夫の愚痴をこぼす私のことを愛おしいと言うから私はもう訳が分からなくなってきた。大体みんな普通のフリして普通じゃない、きっとみんなちょっとずつ変。

浴槽にはった熱々のお湯がこの文章を書いているうちにもう随分とぬるくなってしまった。ストレスからか、今朝から不正出血が起きているせいで股からは血が流れ続けてる。血で濁ったお湯は、さっきまで自分の体液だったはずなのにものすごく汚い。ほんの少し鉄の匂いもする。こんな風に分かりやすく痛いって伝わればどんなに楽になれるか。ああそういえば、ひとりふらっと立ち寄ったキホシネマで観た和製500日のサマーみたいな映画、あれ悔しいけど泣いちゃった。でも今日みたいに泣けないよりもずっと清々しくて良かったな。あの人は元気にしてるだろうか、きっと何とかやってるだろうな。さあ明日は挙式の最終打ち合わせだ。