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フリーライターの吐きだめ

年の瀬と本音

3年目にして初めて見た顔だった。怒りを抑えたような、切なさを噛み締めたような、淵から感情を溢さないように、必死で堪えた顔だった。いつも軽口ばかりの友人とは別の、知らない男の人がそこに居た。出会ってもう3年になる私達の関係性は、世間的には親友と呼ばれる。頻繁に会ってるわけではないけれど、定期的に会えばすぐにいつもの空気感で赤裸々に話しすぎるくらいに私達はお互いのことを知ってしまっている。

その日は彼と彼の友人と3人で飲むことになっていた。事前に10分遅れると連絡がきてマークシティの前で少しだけ待っていると彼がやって来た。目が合ってお互いに手を挙げる。どうやら馬鹿みたいなミーティングが長引いたとかで少しだけ彼は苛ついていた。お疲れだったねと笑うと待たせたくなかったと少し困ったように笑った。

店に向かいながら彼の友人が少し緊張しているらしいと聞く。30分ほど遅れて到着するその友人は清水くんといって遥々埼玉の職場から渋谷へ来てくれるらしい。店に到着して生ビールとハイボール、店員さんイチオシの肴と美味しいと有名な刺身の盛り合わせを注文。乾杯したあとは最近はどう?とかの話を通過して、5年前に付き合ってた元彼女と最近セックスした話とか、福岡の彼氏が東京まで来てデートした話とか、そういう世間的にあまり宜しくない話を赤裸々に話した。

相変わらずだなあとお互いに笑いながらも、いつまでこうして居られるのか胸が騒つく。少しだけヒリつく感情を無視して知多ハイを流し込んだ。このテーブルを担当してくれる有能な店員さんが柿生時代のセフレにそっくりで、ああちょっと会いたいかもとかそんな安い気持ちで波立った感情を撫で隠す。

そろそろ来るかもと話したところで、ちょうど清水くんが到着。初めましての挨拶も早々にセフレ似の店員さんが注文を取りに来るものだから、全員知多ハイであらためて乾杯した。2人ともふたつ歳上で、清水くんに関しては初めましてだけれど、彼と清水くんは何となく纏う雰囲気が似ていて話しやすい。背の高い清水くんは、お洒落でカッコいいのに天然だからきっとモテる。吹奏楽部だったエピソードで仲良くなった女の子と今は付き合ってるらしい。

クラッカーのお代わりを摘んでると「ふたりって本当に仲良いんだね」と言われて彼と目が合う。もう3年目だからねと笑うと「なんかソウルメイトみたいに見えるけど」と追い討ち。鏡合わせだしね、表情で大体もう分かるからね、お互いに踏み込まないボーダーラインも知ってるからね、なんて言えずに「かもねえ」とただ笑って彼を見るとさっきの私みたいに、知多ハイを流し込んでいた。また少し胸が騒つく。

終電を調べる清水くんに「帰るの?」と聞くと調べる手が止まった。「調べるなら始発でしょ」と言うと「そうだった」と笑った。この柔らかな笑顔を彼女は好きになったんだろうか。この心地よい優しさはどうか彼女だけのものであって欲しいと願いながら、連絡先教えてよと話す私にはいつかバチが当たるかもしれない。目の端で一瞬わたしを見つめた彼と目が合う。ああ、そんな顔するんだ。そんな目で私を見ることがあるんだと思った。

2軒目に向かって、そのまま明け方を迎えて、律儀に始発で帰って行く清水くんを見送ったあと「本当にごめん」と言い出す彼は今にも泣いてしまいそうで。3年目にして初めて見た顔だった。鏡合わせだしね、表情で大体もうわかるからね、お互いに踏み込まないボーダーラインも知ってるからね。ごめんの後に続く言葉を聞いて、あのときの私はどんな顔をしてたんだろう。彼の知らない女の顔をしていたかもしれない。「やっぱり全部忘れて」そう言って背を向けた彼のことを私は知り過ぎてしまってる。だって、私達は親友だから。