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フリーライターの吐きだめ

真綿に包まれて

冬場はよく長風呂をする。たっぷりのエプソムソルトとお気に入りのオイルを少し垂らした風呂は湯気が立ち込めて気持ち良い。初めは熱々の湯も、しばらく時間が経てば当然ぬるくなる。そして、そのぬるさの心地良さはそう長くは続かなくて、堪え切れず追い焚きしてしまう。足元から沸々とした湯が浴槽をまわる間、幾つもの夜と幾つかの朝を思い出して少しだけ感傷的になった。

その日、思い出したのはアウター要らずの日々にようやく寒波が訪れた2日後の夜のことだった。「なんか急に寒いね」と会う人皆んなが口々に話すほど本当に寒くなった。街行く人は温かそうなコートやダウンを着るようになったし、身を縮こましているのか肩が少し上がってるように見える。恋人たちはそれまでよりも身を寄せ合ってるように思えたし、例外じゃなく私たちもそうだった。

家に寄る前に電話をかけると繋がらず、ホットのラテをふたつ注文して煙草に火を点ける。灰皿の置かれた店の前のベンチは今にも壊れそうなほど軋む。隣に置かれたバナナの匂いのする植物は季節感なんて知らんぷりに青々と伸びていた。携帯が震えた、彼からの折り返しはいつも早くて、実はその早さが少しうれしい。

「アイスかホットかどっちがいいか聞こうと思ったんだけどさ、もう頼んじゃった」

「おう、じゃあ楽しみにしてるわ」

通話のあと、注文していたラテを受け取ってすぐ近くの彼の家に向かう。なかなか覚えられない部屋番号、そういえば他人の誕生日も覚えられない。覚える気がないからだよって誰かに言われたけど、それも誰か忘れてしまった。

見慣れないカーペットとソファの上のブランケットは彼の優しさ、冷え切った手が暖かい両手でぎゅっと包み込まれる。ラテを見ながら「だと思った」と笑う彼の顔をみて、やっぱりこれは間違ってないと思った。

信号待ち、クリスマスマーケットのひかりを横目に何度初めてのフリをしようかと考える。いっしょに行こうと話す彼はそんなこと知らないままでいい。どうか鉢合わせしませんようにと願うしかない。(こんな風に嘘なく素直に書いていると、自分がどうしようもないやつ過ぎてすこし不安になってきた‥)

家の前で別れたあとは家に帰る気になれなくて、そのままエントランスを抜けて海辺をひとりで散歩した。年末年始、帰るつもりなんてさらさらなかったのに両親や祖母の声を聞いて帰ろうと思った。いつまでも会えるわけじゃない、会えるときに会っておかないとだめだ。人はいつか死ぬし、わたしも両親も祖父母も、平等に歳をとる。もしかしたら、皆んなで過ごせる最後のお正月かもしれない。

しいたけ占いによると、2021年の上半期は見たかった景色がようやく見える年らしい。占いはあまり興味も信用もしてないけれど、しいたけ占いだけは好きで毎月曜かならずチェックしてしまう。たぶん今は自分の好きなもの・ことを、主観的・客観的に捉えて助走をつけてる段階だ。今年を振り返るのはまだ早いかもしれないけど、マスクがファッションアイテムになる未来だけは望んでいないことは確かだ。

誰も傷付けない幅広く丁寧な嘘をついて、今日から東京。失ってから気付く良さなんて何ひとつ無いけど、東京は変わらずに東京だ。離れて感じる安定とゆるやかな自殺について、私はまだ誰にも話せずにいる。何のためか誰のためか分からないような嘘も、きっと渋谷の喧騒に掻き消されていく。かみさま、力をちょうだい。