war

フリーライターの吐きだめ

やさしさの距離

午前九時過ぎ、前日に午前指定にしたダイソンが届くインターホンで目が覚めた。念願の掃除機、なんだかんだでずっと買えてなくて、そうこうしてるうちに新作が出て、どうせならとその新作を買ってしまった。家電は長く使うことになるから日割り計算で正気を保つ。黙々と梱包を捌いて組み立て始める私に、やたらと構って構っての夫。私がいま何をしてるか見えないのか、初めのほうこそ適当にあしらっていたけれど段々と苛立ってきて私の口調も荒くなる。そんな言い方ないじゃないと落ち込む姿まで鬱陶しい。何を言ってんだよ、ふざけんなよと思わず口から飛び出しそうになる言葉を飲み込んで聞こえないように深呼吸をする。私たちは月の殆どをいっしょに過ごさないけれど、それでも福岡に帰ってきたときに纏わりつかれるのが最近は本当につらい。ひとりの時間が好きだし、まほちゃんまほちゃんと何度も呼ばれるのは気が休まらない。私もストレスが溜まっていた。おそらく決定的に彼を傷付けるひと言を放った直後、お得意のダンマリを決め込む夫に今度はしっかりと聞こえるようにため息をつく。もう好きにすればいいと思った。こうなったら彼は自分の悲しみに浸ることしかしないし、その間に私にしたことに関してはどうでもいいと思っていて、側にいるだけで疲弊していくから私はなるべく家を離れる。その日ようやく腑に落ちたのは彼が引きこもりタイプのエネルギーバンパイアということだ。

それからシーシャ屋の手伝いに出掛けて軽く研修を受けた。以前から好きだったシーシャを本格的に学ぶため、水面下で動いてきたことがいよいよ見え始めた。関西出身の店長と前立腺を開発されたい社員とPCに疎いエリアマネージャー。取り急ぎシーシャの作り方となぜかPCの修理を任される。初期化したら困りますよねえなんて話しながらなんとかPC復活。前職の経験が活きて良かったとおもった瞬間。お疲れさまですと外に出ると夕暮れにも関わらず蒸した空気に思わず眉間に皺が寄る。一旦、帰宅して予定通り飲みに出かける。二つ上、女の子が沼りそうな優しさと強引さを持ち合わせる某転職サイトの採用担当。まほちゃん好きだと思うんだよねと連れてこられたのは天神から少し離れた清川という場所の赤提灯居酒屋。お通しにきゅうりの一本漬けが出てくるようなところで、キンキンに冷えたビールを流し込むと夏の味がした。乾杯の後、半分ほどになったビールを見て嬉しそうに笑う彼とは付かず離れずの距離感が心地いい。翌朝、昼間から会いたい、昼間からちゃんとデートしようと言われて本当は暑いし面倒だと思ったけどそれは言わなかった。帰り道は土砂降りで、返しに来れるから借りるねと言って借りた傘はビニール傘なのに随分と年季が入っていて、意外と物持ちいいタイプなんだなと思った。

帰宅後は拗ね切った夫のアフターケアをして空港に送り出す。随分と心を摩耗したからか、仮眠して立ち上がろうとしたら脚に力が入らず思いっ切り転んだ。そんな経験なくて怖くて調べたら明らかにストレス性っぽくて、挫いた左足首を引き摺りながら駆け込んだトイレで吐いた。上がってくる胃酸を堪えながら溜まった連絡を返す。言葉100、行動100のパティシエ見習いの彼とようやく会える。彼を出迎えていつも通り過ごしていると優しく頬を撫でられた。少し痩せた?そう言って心配そうに覗き込む彼の優しさに何度も何度も甘えてしまう。何よりも私を優先してくれる彼は今のところ私の健やかなメンタル維持には欠かせない存在。

それから週末は仕事を終えたあと、久しぶりにフィジーカーの彼と居酒屋で待ち合わせをした。大会を控えた彼が今日の日のためにどれだけ節制したのかは分からないけど、彼の真っ直ぐで不器用な愛をなんとなくちゃんと受け取れるようになってきた。出会った頃から太陽のような人、気は効かないし、口は悪いし早食いだけど、それでもきちんと伝え合いたいと思えるような人。側にいると自分がきちんと女で、華奢な存在に思えるような人。当たり前のように埋まっていく一緒の先。去年の今頃は恋人じゃない彼とよく海へ行っていたけど、今年は恋人としてたくさん海へ行けるのが嬉しい。水着を披露したときのオーバーなリアクションが今年も見られる。

取り急ぎずらっと最近のことを吐き出してみた。予定を詰め込んでしまうのもあまり良くないんだろうけど、動いてないと息詰まってしまいそうな日々が続いていた。大勢の人が行き交う中で色濃く他人との線引きをしている東京でなら今の私はきっと息ができる。はやくひとりになりたい。はやく夏に飛び込みたい。