war

フリーライターの吐きだめ

蛙の子は蛙

斜め45度、後ろから見つめるその人は完全にシティボーイな見た目で女の子が泣きをみるタイプの人だ。ダイヤルを回してラジオを流すその人は以前会った時よりも随分痩せているように感じる。流れ続ける曲たちはなんとなく懐かしくて、どれもすきだと言うとおれもだよと手元のダイヤルを回しながら優しい返事が聞こえた。

待ち合わせは高田馬場、学生の街だ。大きな交差点を渡って適当に店を探す。安くて美味いを謳う居酒屋が軒を連ねる中で、なんとなく良さそうな雰囲気の店に入る。とにかく寒い、中に入りたくて急ぎ足で横断歩道を渡った。店内は不思議な作りで中二階にはかなり天井の低い(絶対に立てない)座敷があったり、メニューは大堂とは少し外れたりしたやつで面白い。とりあえず角ハイで乾杯。

最近どうなのと話していくうちに突然「香港行こうよ」のお誘い。なんで香港なのよと訊くと香港の街並みが好きらしい。地震の少ない香港では耐震の考えはあまりなく、これでもかと高さだけが残ったビルが並んでいる。彼は以前から何度も香港へ旅行していて、その度にわたしの元へ風俗レビューが届く。知的好奇心で動いてしまう彼のスタンスはよく理解できる。

遺跡とかすきなんだけどとハツを食べながら話すと、遺跡はさすがにないけどさと他の女の子の連絡先を削除しながらの返答。あなたそんな適当にしてると刺されるよと呆れるとあなたも気をつけた方がいいでしょと笑われて黙って枝豆を口に運ぶしかなかった。

何かにつけて社会不適合者だからという彼は世間では拗らせてる部類に入るのかもしれない。職場の女の先輩の部屋によく転がり込んでるくせに、その先輩をごみ女とか言い出すからまじで何があったんだと不安になる。まっすぐ帰るの?と聞かれて健全解散なんてしたことなかったなと思い返す。向かいの建物の中にはいい感じの喫茶店があって、喫茶店がすきなわたしたちはそちらへ移動することにした。

ブレンドコーヒーがふたつ、火傷しないように口に運ぶ。「それにしてもさ」とカップをソーサーに置きながら「遠くにいってしまったね」と、今までわたしたちが居たビルを見つめながらポツリと呟かれた。呟かれた言葉は窓に弾かれて力なくテーブルに転がっていて、わたしはその転がった言葉をじっと眺めるしかなかった。わたしたち何処にも居なかったのに。