war

フリーライターの吐きだめ

juniper

規則正しい寝息が右側から聞こえる。時刻は午前三時、夜明けの前のこの時間にまだ日はない。大きな窓から見える空は薄紫の藤の色だ。時折り、寝惚けながらわたしの腰を引き寄せる人は愛が深い人だ。こうして文字を書いてる間にも二度、引き寄せられた。ふらっと歩き出そうとするわたしをまるで嗜めるようにその腕は力強い。

わたしは今日異動先の店舗を早退した。本日付の異動の中身は、新卒時代にトラウマになった人が店長をする店舗への異動だった。当時は突発性難聴にかかり、身体が限界だと訴えてきたけれど、今回もまた然りでわたしの身体は様々な方法で限界を伝えてきた。滴るほどの冷や汗から早退を促された今日、もう二度とあの人と関わることはないでしょう。

退勤後フラフラな身体とは裏腹に頭は冴えていて、まっすぐ新宿伊勢丹へ向かうことにした。新しい香水を買うためだ。

昨夜、ザファブルを妙典イオンシネマで観た。七時から九時過ぎまでの回で、映画館を出ると外はもう暗くなっていた。中華料理が食べたいわたしのリクエストが通り、近くの中華屋に入った。乾いた点心を青島ビールを流し込みながら最近の色々とかを話する。明日無理かもしれないと打ち明けると、無理だったら新しい香水でも買っておいでよとお小遣いを貰った。何年振りのお小遣いだろう。

土曜日の新宿伊勢丹は人でごった返している。外国人観光客が多い新宿は館内もキャリーケースをひく人が目立つ。極度乾燥がまだはやってることに少し驚きつつ、目的の香水コーナーへたどり着いた。以前から目をつけていたジョーマローンの香水。プレゼントで貰うといちばんテンションの上がるやつかもしれない。女はみんな好きだ。(偏見)コンバイニングを楽しめるのは質の良い香水ならではで、決め兼ねていたものをひとつずつ購入した。ご自宅用ですかと笑顔の店員さんにプレゼント用でお願いしますと答える。これは間違いなく大切なプレゼント。

クイックルシートや洗濯用洗剤を薬局で購入して、帰宅。帰宅後はすぐに家の掃除をして、埃と汗と嫌な感情を流し切るためにシャワーを浴びた。シャワーを浴びた後はドライのかかった冷んやりした部屋でネイルを新調した。手元はミントグリーンに、足元はライトグレーに、寒色の柔らかな色合いはわたしに似合う色だ。それからは溜まった洗濯物を回して、くるりを流しながら服の断捨離をした。随分と捨てて部屋も気持ちもスッキリした。彼の帰りを待つまでの間、購入後なかなか読めていなかった詩集を読んだ。優しくて遣る瀬無い景色が見えた。

外食しようという彼の提案に、近くのスタンディング食堂がいいというリクエストを重ねる。準備して待っていてねと言われ、日中買った新しい香水をつけることにした。やさしくて強い、柔らかいけど芯のあるシーソルトの香りだ。

笑顔で帰宅した彼をみて、頑張れなくてごめんなさいと喉に仕えた言葉が消えていくのが分かった。人の心を殺すような姿勢は頑張りでも何でもない。良い香りだねといっしょに喜んでくれるこの人が上司だったら良かったのになと一瞬思ったけど、やっぱり恋人になれてよかった。

スタンディング食堂はいつも通り美味しくて、ホワイトアスパラのマリネは夏の味がした。ほんのり甘いサングリアを飲みながら明日からの仕事の日々を考える。なんだか遠い国のおとぎ話のようで、それはおとぎ話よりもわたしにとって必要のないものだと分かった。外に出ると霧雨は止んでいて、雨上がりのいい匂いがした。