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フリーライターの吐きだめ

ライフセーバー

昨夜の喧嘩を引きずりながら、アラームの音に目を覚ます。少しのことで(夫からしてみれば少しどころではないのかもしれないけど)拗ねて、極論まで振り切って涙を流す成人相手の喧嘩はかなり体力を使う。

とにかく起きられて良かった。久しぶりの早起きに少し緊張していたから。まだ重い頭と疲弊した感情を持ち越しながらベッドから起き上がってリビングへ。ようやく梅雨明けで、ここのところ雨ばかり不安定だった天気が嘘のような快晴だ。

今日の日焼けに備えて朝からパックを装着、前日に滑り込みで購入した水着はテラコッタカラーが肌を綺麗に見せてくれるからもうすでにお気に入り。念入りに日焼け止めを塗りながら、どうか化粧が崩れないようにといつもより丁寧にメイクを始める。

水着の上からはアパレル企業に勤めていた頃に買った黒いワンピースを着ることにした。シルエットと刺繍の綺麗なこのワンピースはお客様からの人気も高くて、店頭でよく接客した記憶がある。

待ち合わせ時刻の8時半、家の近くのコンビニで拾ってもらう約束だった。20分を過ぎた頃に着いたとの連絡が入り、慌てて駐車場へ向かうと手を振る人影が見えた。人数分の飲み物をセブンで調達した後、角島へいざ出発。

角島は山口県に位置していて福岡市内から車で大体3時間ほど、とにかく透明度の高い海は人気だけれどアクセスが悪いからと糸島に比べて訪れる人の数が少ない。

初の山口、初の角島にテンションが上がる。昨日何時に寝た?とか何持ってきた?とか、最近できた友人達と話してると何だか居心地が良くてずっと前から友達だったみたいな気がしてくる。

しばらく進んでからは古賀のサービスエリアで朝食をとることに。出来立てのパンを買ってみんなで食べた。(と言っても、ほぼ全員がカレーパンを黙々と食べて、アイスコーヒーを飲んだ)なんか懐かしいこの感じ、学生の頃以来かもしれない。

助手席に乗り込んで運転手の消防士(以下、消防士)にパンを食べさせながら、完全に私好みの音楽をかける。最近観た映画「waves」のサントラに入れ込んだプレイリストに人間性を疑われ半グレ認定されたのが納得いかない。aikoしか聴かないわけないだろうが。

山なりの道は果てしなく続いて、まるで迷路みたいだ。誰かのあくびの声とか、スナック菓子をかじる音とか、炭酸の抜ける音が愛おしい。消防士は底抜けに明るくて、真っ直ぐで、でも適度にバカなこともやってきていて、完全に陽の人だ。悲しいことがあれば筋トレするというメンタルは超共感できるし、なぜかいつも少し石鹸のような匂いがする人だ。

快適な運転のおかげで普段なら絶対に酔ってしまう山道も全く酔わずにすんだ。角島大橋を渡る前に車を止めて展望台に上がることに。蒸し暑い風が染めたての柔らかな髪を掬っていく。広がる海の青に圧倒される。角島は美しい島だ。

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ぼうっと海を眺めてると展望台に上がった友人たちに「まほー!」と名前を呼ばれて見上げる。なぜか父が私を呼ぶときにそっくりの声で驚きながら、なんかこういうのすごくいいなと思った。足元が危ないからと手を引いてくれたのは広告代理店に勤めるムキムキの営業マン(以後、営業マン)で、熱い手が子どもみたいだった。

景色を堪能した後は、ようやく角島大橋へ。真っ青な海にかかる一本の白い橋は、渡っていると海しか見えないからか怖いほど綺麗だった。

通る人みんなが少しスピードを緩めていて、景色に目を奪われてるのが分かった。

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そこからは30分もかからずに海水浴場へ到着。消防士が持参したテントを組み立てて、営業マンが持参したクーラーボックスで冷えたビールで乾杯。砂浜の熱気と、冷たく喉を撫でるビールが最高に夏だ。透ける海に早く入りたくて、するりとワンピースを脱ぐ。

気温は30度を優に越してるはずなのに、水は思いの外冷たくて、腰から肩まで浸かるのに気合いと勢いが必要になった。「はーやく!」とはやしたてられながらも、迫りくる消防士に無理やり沈められそうになって、それだけは避けるために覚悟を決めた。

肩まで浸かるとその冷たさはすぐに気持ち良さに変わって、めちゃくちゃに泳いだ。もう別にメイクとかどうでも良くなるからすごい。端から端までみんなで泳いだり、ビーチボールをしたり、浮き輪で浮かんだり、本気で遊んでると全部の力が抜けてどんどん楽しくなってくる。息が出来なくなるまで笑ったのはいつぶりだろう。

昼ご飯にと海の家特有のドロドロのカレーとか、濃いソースの焼きそばとか、衣の分厚い唐揚げとかを食べた。なぜかめちゃくちゃ美味しく感じるのはゲレンデのラーメンと同じだろう。運転手に内緒、3人でコロナビール乾杯は不謹慎かも知れなかったけど、そんなの本当うるさいからどうでも良かった。

夕暮れ時、といっても日は随分と伸びて太陽はまだ高い位置にある。そろそろ行こうかとテントを畳んだり、荷物をまとめたりしてシャワー室へ。軋んだ髪を労るように自前のシャンプーとリンスでしっかりと洗う。日焼け止めを塗ってたからか肌は痛くないけど、鼻は少し赤くなってしまった。

女子のシャワーを待つ男子たちと合流し、車に乗り込む。途中わたしが付けたアウトバストリートメントが、クリームソーダの匂いがするとか言ってクリームソーダを飲みに行くことになった。濡れた髪とふやけた指と、少しザラついたサンダル、朝に仕込んだメイクはすっかり落ちてしまったけど、不思議と誰よりもチャーミングな自信があった。

近くの喫茶店で男子はメロンクリームソーダを飲み、女子はアイスコーヒーとあんみつを半分ずつ食べた。あんみつの甘さが疲れた身体に染み渡って、食べ終えた後はそれよりも元気になった。

帰り道、きっと真っ直ぐ帰れば間に合うはずだったけれど「なんかまだ帰りたくねえな」と言った営業マンの言葉に反対する人はひとりも居なくて、そのまま近くの宿に泊まることに。世間的には大人な私たちは、諦めとか、謙遜とか、遠慮とかを覚えて、少しずつ上手に生きる方法を身に付けてやってきたけど、本当は分かってる。大人だって、大人になりきれない日があること。

せめて、今日のこの日が、誰かの救いに、わたしの救いになることを願って、今はまだ夏の中にいたかった。

 

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