war

フリーライターの吐きだめ

怪物

吉祥寺駅の北口駅前広場には象の像が建てられていて去年の11月頃からその象が毛糸のベストを着だした。いつから建ってるのか、だれがそのベスト(明らかに手編み)を編んだのか、不思議なところはたくさんあるけれど調べようとまでは思えない、ちょうどよく気にならないところがいい。たぶん、吉祥寺のシンボル。昼の間は親に連れられた子どもたちが象の足元でいつも鬼ごっこをしてあそんでるから騒がしくて苦手で、陽が落ちてからの広場がわたしのお気に入りの場所。だから、午後の30分休憩になると大体その広場でセブンのカフェラテを飲んでひと息つく。最近はかなり冷え込んでるからわたしの他にベンチに座っている人はあまり見ないけど、夏の終わり、秋風が吹き始めた頃にはたくさんの人がベンチに座ってた。

冷たいベンチに座ってしばらくすると岡田から突然の着信があって、思わず立ち上がる。久しぶりに聞いた、懐かしい名前。記憶がいっせいに蘇ってくる。岡田とは大学の頃からの付き合いで、ひとつ上の先輩にあたる。大学3年の夏、数日間の出席で単位が取れる特別講座みたいなものがあって、岡田とはそこで知り合った。第1印象は「この人、天然コケッコーの岡田将生じゃん…」だったから完全にテンションが上がったけど、話せば話すほど同じ人種で、この人とは前世で双子だったんじゃないかなと思うだけになってしまった。1限から5限分の講義を4日か5日受けて、課題を提出して、単位取得。流れだけきくとイージーモードだけれど出席期間が短い分、合格ラインがかなり厳しくて同じ班だった人たちがどんどん居なくなっていった。はじめに振り分けられた班で残ったのは初日に問題児扱いされたわたしと岡田の2人だけで、なぜか毎回紙詰まりを起こすプリンターにいつもブチ切れて、やってられるかと早稲田松竹のレイトショーに繰り出していた。蒸し暑い夏の夜が続く日だった。

顔忘れそうだから久しぶりに会おうと言われて残酷なのか優しいのかよく分からないまま、だけど気にはならないままいいよと応える。こういう感覚ってあんまりないものなのかな。

定時を15分過ぎた頃に店長が「麻帆ちゃん上げちゃおう!」と張り切りだして、それにならって先輩たちも「上がっちゃえ!」と言うからお言葉に甘えまくって退勤。素直に「やったー!」と言うと「良い笑顔しやがって!」とさすがに小突かれた。あまり時間がなくて、せっかくお店に来てくれてた人たちとゆっくり話も出来ないまま急いで店をでる。駅まで走って電車に揺られているときに「ご飯誘ったのに…」と言われて、その言葉自体が全く聞こえてなかったことにめちゃくちゃ落ち込んだ…。もっとお話したかった…。リベンジできるといいな…。(プライベートになるとスルースキルが高まるのに最近気付いた…)

予定時刻を過ぎて新宿に到着、西武珈琲に急ぐ。新宿はいつ来ても人だらけで気味が悪くなる。今のわたしに人を交わす力は残ってないので、顔を上げてひたすら行きたい方向をまっすぐ見て歩く。(こうすると相手に避けてもらえるのだ…)西武珈琲の少し高い階段を登って、入り口に立つ。しばらく周りを見回しても見つけられなくて電話を掛けようとすると左奥でゆっくりと大きく手を振る岡田がいた。彼は天然コケッコーから卒業して、ゆとりのまーくんになってしまっていた。

「久しぶりって言おうと思ったけど、昨日も会ったっけ」と言われて「わかる」と答える。ただ話始めると、積もる話はたくさんあって本当に久しぶりに会ったんだなと他人事みたいに思った。そういえば最近映画も観れてないよと言うと俺もなんだよねと言われて早稲田松竹を思い出す。じゃあ今から映画観ようよと誘うと二つ返事で岡田、了承。そういうの軽いって言われるでしょうと言うと頷いていたから少し悲しい気持ちになった、だってそれが私たちの正直だものね。だけど、周りには本当に伝えたい時もなかなか思うように伝わらないよね。

適当に選んだ映画を適当に観るつもりだったけど、わりとすごく良くて結構泣いてしまった。映画観に来れてよかったと言われて、大きく頷く。泣くとお腹がすく。「飯だ!飯だ!」と岡田の背中を叩きながら近くの串屋に押し込む。

冷えた身体に熱々の串と生ビールは最高、生きててよかったと心から思う。食べることは生きること、生きることは食べることらしい。

お腹も満たされて散歩がてら新宿まで歩くことにした。彼もわたしと同じ葛藤を抱いている、本当の私たちに世間の当たりは厳しい。クリスマス、「何にそんなに怯えてるの」と尋ねられて、その時のわたしは上手く答えられなかったけど何となく分かった気がする。上手く生きていくために外面を整え過ぎて、私たちは誰よりも自分自身を恐れてるのかもしれない。気持ち悪いよとか、病気なんじゃないのとか、信じられないと軽蔑されたり罵倒された記憶は知らぬ間に呪いに変わる。私たちはまるで怪物だから。

前をゆっくりと歩く岡田の歩幅は大きくて、ふと吉祥寺の象を思い出す。象は足の裏がものすごく敏感だから、歩いた先に障害物を置いたとしても必ず避けて歩いていくらしい。障害を避け続けられる人生があるとすれば、私はそれを選ぶんだろうか。私たちはすごく似ていて、けれど根っこがまるで違う。だから私、岡田の優しさには色が付いてるみたいにはっきり分かるんだな。

信号が点滅して走るぞと手首を掴まれる。空気が冷たくて頬で風をきるたびに耳がいたい、掴まれた手首も冷たくて恋のない関係性に安堵する。横断歩道を渡りきった先でふとチャイの香りがしてすきな人を思い出した。わたしがすきな人は、きっと点滅では渡らずに、信号が赤の間、待たずに過ごすような人で、色のついた優しさではなくて、満ちゆく優しさをいつも教えてくれる。

そういえば2人とも煙草を吸わなくなっていた。別れ際に改札で大きく手を振る岡田はやっぱり象みたいで少し羨ましかった。