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フリーライターの吐きだめ

逆行

路肩に停めたクリーム色のミニクーパーは、近くで見ると細かな傷がいくつか入っていた。最近よく乗るからかモヘアニットのガウンにこの車の匂いが染み付いて、スタバで少し休んだ時に香ったその匂いに涙腺が緩みそうになったのを思い出す。

紅葉が始まって山の葉はまばらに紅くなりつつるある。熊本は阿蘇、ベストシーズンのこの場所では、澄んだ冬の空気が沈んでいるようだ。冷たい風が頬を撫でて、髪を梳かしていく。

「少し歩こうか」

目にかかる黒髪を鬱陶しそうにかき上げるその仕草が実はすきだ。優しい声をしてると言われないかと尋ねると、いい声とは言われるけど優しい声という表現はされたことがないと話した。声だけじゃなく、間違いなく彼は優しい。わたしには勿体無いほどに。

迫力のある阿蘇の山々は、近くで見れば見るほどその生命力に感動する。恐竜の肌のような荒っぽさと、滑らかな赤土の濃度。モロッコの風もこんな風に乾いているのだろうか。あの人は約束を覚えているだろうか。そういえば、マラケシュの香りも最近は身に付けなくなった。

見渡す限り一面に広がるのは、暖かな白が光るすすきの穂だ。それぞれに揺れるその穂は触れると柔らかく、握ると痛い。まるでひかる雪原だ。ここは夢の中かもしれない。

「戻ろうか」

後ろから抱きしめられて現実に引き戻される。冷えちゃったね、ごめんとわたしの冷たい手をとるその手も温かくはなかった。ただこの場所から連れ出して欲しいだけだ。

溢れる優しさを受け取りながら、不自由のない生活を送りながら、不満を唱えるならきっとバチが当たる。だからわたしは今日もなにも言えない。ただゆるやかにわたしの中の大切ななにかが死んでいってる気がする。

贅沢で強欲でしょうか、身の程知らずで常識知らずでしょうか。この場所から連れ出して欲しいと願うのは勝手が過ぎるのでしょうか。

久しぶりに文章を書きながら泣いてしまった。どうして上手く生きられないかな。