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フリーライターの吐きだめ

挟んだ栞

社員証をかざして重みのあるドアを開けようとすると、いつもより軽くて視線をあげると大きな手が後ろからドアを先に開けてくれていたことに気付いた。

イヤフォンを外して振り返ると見覚えのある人たらしな顔が驚いていて、思わず笑ってしまった。

「あれ?!まほちゃん?!」「そうですよ、おはようございます」

数回ほどしか会ったことがないのに名前と顔を覚えてるなんて意外だった。身長は180を少し超えるくらい、程よく筋肉がついていて、笑うとくしゃっとなる目元のその人は店舗勤務の頃に出会った先輩だ。

出勤初日に店長からその人には気を付けるように言われていて、ほかの先輩からもいい噂は聞いたことがなかったけど、あんな見た目だったら誰だってあそぶだろうとわたしは特に気にしてなかった。

「えー、嬉しいなあ」と本当に嬉しそうに話す姿はかなり犬っぽくて、先輩だろうが撫で回したくなる。

わたしとその人が出会ったのは東急プラザ銀座のスタッフ用通路で、くるりのTシャツを着た気持ち良さそうな背中を見て、ついわたしから声をかけた。

ちょうどイヤフォンからくるりの「その線は水平線」が流れ出して、なんとなく今話したいと思ったから。

「くるりすきなんですか」変な勢いのまま口に出した声は思ったより通路に響いて恥ずかしくて、その時はじめてその人の笑顔を見た。

それから何度か飲みに誘われたけど、どこからかいつも先輩や店長のブロックが入って叶わずここまできた。

「まほちゃんのためだからね」と口を揃えてわたしに言ってきた先輩達、本当はどんな気持ちだったんだろうね。

わたしの好奇心を勝手に殺してくる存在はだれであれ害だ、誰にも邪魔されたくない。

「飲み行こうよ、週末とか空いてない?」だれも無邪気を疑わない顔で顔をのぞきこまれて「まずは朝のコーヒーからで」と淹れたコーヒーを渡した。

週末は台風が来るらしい。